受験生の子どもを見ていると、
「何て声をかけたらいいんだろう」
と迷うことがあります。
頑張って。大丈夫。気にしなくていいよ。
どれも悪い言葉ではないと思います。
その日の本人の様子によっては、
何も言わない方がいいこともある。
逆に、
少し話した方が気持ちが楽になることもある。

3人の子どもを育ててきて、
「何を言うか」より、
「いつ言うか」や「その子が今どういう状態か」を見ることの方が
大切なのかもしれない
と感じるようになりました。
今回は、
長男の大学受験や模試のときのこと、
そして兄弟で違った関わり方を振り返りながら、
受験期の声かけについて書いてみたいと思います。
模試から帰ってきても、すぐ「どうだった?」とは聞かなかった
模試の日。
親としては、
やっぱり気になります。
できたかな。
難しかったかな。
手応えあったかな。
帰ってきたら、
つい聞きたくなります。
でも長男のときは、
なるべくすぐには聞かないようにしていました。
言うのは、
「おかえり」
「おつかれさま」
それくらい。
本人が話し始めたら聞く。
何も言わなければ、
こちらからは深追いしない。
自己採点をしていても、
終わるまで待つ。
結果が気になっていても、
本人が話すまでは、
なるべくこちらから聞かないようにしていました。
本当は、親の方が聞きたい
これは、
余裕があったからできたわけではありません。
本当は聞きたいです。
「どうだった?」
「何点くらい取れそう?」
「判定どうかな?」
気になります。
特に、
志望校がはっきりしてくると、
模試ひとつでも、
親の方が勝手に緊張してしまうことがあります。
でも、
模試を受けてきた本人は、
もっといろいろ感じていると思います。
できた。
できなかった。
悔しい。
思ったより難しかった。
疲れた。
今はまだ話したくない。
その気持ちが整理できる前に、
親から質問を重ねるのは、
違うのかなと思っていました。
「聞かない」ではなく、「待つ」
私は、
何も聞かないことと、
無関心でいることは違うと思っています。
模試のことを気にしていないわけではありません。
本人が話したくなったときに、
聞く。
そのタイミングを待つ。
わが家では、
そんな距離感でした。
長男から、
「今日の模試さ」
と話し始めたら、
そこから聞く。
「数学が難しかった」
と言えば、
そうなんや、
と聞く。
すぐにアドバイスをするわけでもなく、
まず本人の話を聞く。
そのくらいが、
長男には合っていたように思います。
「頑張って」が合うときもあれば、重くなるときもある
受験期の声かけというと、
「頑張って」
を思い浮かべる人も多いと思います。
私も、
もちろん言ったことはあります。
でも、
いつでも「頑張って」が正解とは限らないと思っています。
本人が、
もう十分頑張っているとき。
疲れているとき。
思うように結果が出なかったとき。
そんなときは、
「もっと頑張って」と聞こえてしまうこともあるかもしれません。
だから、
何か励まさないと、
と思いすぎないようにしていました。
「おつかれさま」
「今日はゆっくりしてね」
それだけでいい日もあります。
声をかけるより、普段通りにする方がよかった日もある
受験が近づくと、
親も特別なことをしたくなります。
元気づけたい。
安心させたい。
前向きな言葉をかけたい。
でも、
子どもによっては、
受験の話ばかりされる方がしんどいこともあります。
長男のときは、
受験直前も、
できるだけ普段通りを意識していました。
家の中までずっと受験モードにしない。
ごはんを食べる。
テレビを見る。
普通に話す。
その中に、
少しだけ受験がある。
そのくらいの方が、
本人も落ち着けるのかなと思っていました。
上の子でうまくいった関わり方を、そのまま次の子には使わない
これは、
3人育ててきて、
特に感じることです。
上の子で、
「この声かけがよかった」
「この距離感でうまくいった」
と思うことがあります。
すると、
次の子にも、
同じようにしたくなります。
でも、
兄弟でも全然違います。
話したい子。
一人で考えたい子。
すぐに聞いてほしい子。
少し時間を置いてほしい子。
同じ家庭で育っていても、
全く同じではありません。
だから、
上の子の経験は参考にはなるけれど、正解にはならない
と思うようになりました。
「前のお兄ちゃんのときはこうだった」が危ないと感じたこと
親には、
過去の経験があります。
それは、
子どもが増えるほど増えていきます。
でも、
その経験があるからこそ、
知らないうちに比較してしまうこともあります。
「お兄ちゃんのときはこうしてた」
「前はこれでうまくいった」
「この時期には、もうこれくらいやってた」
親としては、
参考のつもりでも、
言われる側には、
比べられているように感じることもあると思います。
だから、
次の子には、
できるだけその子を見る。
今何に困っているのか。
何を言ってほしそうか。
どんな距離感が楽なのか。
そこを見るようにしたいと思っています。
声をかける前に、表情を見るようになった
受験期になると、
こちらも気持ちが急ぎます。
でも、
話しかける前に、
少し様子を見ることがあります。
疲れてそうかな。
機嫌悪そうかな。
何か話したそうかな。
今は放っておいた方がよさそうかな。
その日の表情だけでも、
違うことがあります。
何か正しい言葉を探すより、
今この子は、話したいのか、そっとしてほしいのか
を考える方が、
私には大事に思えました。
こちらから聞かなくても、話してくることはある
不思議なもので、
こちらから聞かないでいると、
あとから本人の方から話してくることがあります。
ごはんを食べているとき。
お風呂のあと。
何気ないタイミングで、
「今日さ」
と話し始める。
そういうときに、
聞く。
受験の話って、
真正面から「話そう」とすると、
逆に話しにくいこともあるのかもしれません。
だから、
話せる空気だけ作っておいて、
本人のタイミングを待つ。
わが家では、
そんなことが多かったです。
親が不安なときほど、声をかけたくなる
受験期は、
子どもだけでなく、
親も不安になります。
このままで大丈夫かな。
間に合うかな。
志望校変えた方がいいのかな。
そんな気持ちがあると、
つい、
「勉強できてる?」
「大丈夫?」
「あとどれくらいやるの?」
と聞きたくなります。
でも、
その言葉は、
子どものためというより、
親自身が安心したくて言っていることもある。
私は、
そう気づくことがありました。
だから、
声をかける前に、
今これは、本人のために言いたいのか、私が安心したいだけなのか
と考えるようにしていました。
もちろん、何も言わない方がいいわけではない
ここまで書くと、
「受験生には声をかけない方がいい」
と読めるかもしれません。
でも、
そういうことではありません。
困っているなら、
一緒に考える。
落ち込んでいるなら、
話を聞く。
励ましてほしいときは、
励ます。
大事なのは、
「親は何も言わない」
と決めることではなく、
その子に合わせることだと思っています。
その子にとっての「ちょうどいい」を探す
子どもが受験生になると、
親も正解を探したくなります。
受験生に言ってはいけない言葉。
かけるといい言葉。
そんな情報を見ることもあります。
参考になることは、
もちろんあります。
でも、
同じ言葉でも、
うれしい子もいれば、
嫌な子もいます。
だから、
最後は、
その子のことを普段から見ている親が、
様子を見ながら決めるしかないのかなと思っています。
正解の言葉を覚えるより、
その子の反応を見ること。
それが、
わが家では一番大切でした。
模試の後に「おかえり」と言うだけでもいい
今振り返ると、
受験期に特別な言葉を、
たくさんかけた記憶はありません。
模試の日なら、
「おかえり」
「おつかれさま」
それだけ。
本人が話し出したら聞く。
何も言わなければ待つ。
それでも、
親としてできることはあると思っています。
食事を用意する。
家では安心して過ごせるようにする。
必要なときに話を聞く。
何かあったら、
いつでも戻ってこられる場所でいる。
声かけも、
そんなサポートのひとつなのかもしれません。
まとめ|大事だったのは「何を言うか」より「いつ言うか」
受験生への声かけに、
ひとつの正解はないと思っています。
わが家では、
模試のあとにすぐ結果を聞かず、
「おかえり」
「おつかれさま」
だけにすることがありました。
でも、
それがすべての子に合うとは思っていません。
上の子でうまくいったことも、
次の子には違うかもしれない。
兄弟でも、
話したいタイミングは違います。
励ましてほしい日もあれば、
そっとしておいてほしい日もあります。
だから、
親としてできるのは、
正しい言葉を探し続けることより、
今、この子は何を求めているかな
と見ることなのかもしれません。
何を言うか。
それ以上に、
いつ言うか。
そして、
言わずに待つことも含めて、
その子に合う距離を探す。
3人の子育てと受験を経験して、
今はそんなふうに感じています。
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