はじめに:合格発表の瞬間は震えで止まらなかった。
京都大学の合格発表当日、ネットでの発表でした。
「もし、あと1点足らなかったら…」
受験生を持つ親なら、誰もが一度は
そんな恐怖を感じたことがあるのではないでしょうか?
前日から長男には時間が過ぎるのを待つことが
何よりもしんどいので
起こさないようにと言われていました。
数日前から、私達親も、本人も結果が気になり
夜は何度も目が覚めてしまい、ため息をつく日々です。
本人も、二次試験の手ごたえも分からずで
自信があるようには見えないし、
もう済んだ事なので、どうだった?も聞かずに
毎日をただただ過ごしていました。
結果の出る時間、家事をしながら、
私は時計とにらめっこです。
自分一人でみるとゆうので、
長男の意思を尊重して、部屋の様子をうかがうのみ。
扉の音が聞こえて、
キッチンに入るなり、震えて小鹿のような歩き方の長男。
「まだあってるかわからんのやけど…なんか番号あるんやけど…
もう一回見てくれへん?」
長男の手が震えてスマホの画面が見えないんです。
とりあえず落ち着いてもらって、一緒に確認。
番号を見つけた瞬間は涙で前が見えませんでした。
後日、届いた「得点開示」を見て、長男本人も家族中が絶句しました。
と同時に、周りの友達などの状況も考えると、なんとも言えない感情でした。

合格者の最低点が510.82点
長男の点数が512.32点…
+1.5点です。
この開示を見た時はさすがに動悸がしました。
予備校での懇談時に、先生から、
当たり前だけど数点で合格する子もいれば、不合格になる子もいるんですよ。
そんな子達をたくさん見てきました。
なので、当日次第で、どうなるかは分かりません。
と聞いていました。
万が一の時の為に、両親共々、腹をくくっていました。
京大入試直前まで「ずっとD判定」文理学科のハイレベルな分母に苦しんだ日々
長男の通っていた高校では、京都大学を受ける子達が
かなりの人数います。分母で言えば、その年によりますが
60~100人ほどでしょうか。
その中で合格するのは30人ほどです。
3年生になるまで知らなかった、これが現実なんです。
学部は『総合人間学部』を受験しました。
2年生中頃までは大阪大学を目指していたのですが、
学部について調べたり、周りのお友達との話をする中で
京大志望になり、理系から文転して、受験しました。
そこからは何度模試を受けても判定はⅮ判定。

最終の塾の懇談の時も駿台模試でⅮ判定、
河合塾の模試でC判定でした。


塾の先生には、私が大学に行っていない為、
大学受験、共通テストを客観的にしかみれないことを
伝えていました。
塾の先生はとても丁寧に今の現状についてお話してくださり、
『お母さん、最後に一つ確認させて下さい。
○○君はこれまで本当によく頑張りました、
あとは残りの日数で、どれだけ食らいついて、伸ばせるかなんです。
0.5点とか数点で落ちる子もたくさん見てきました。
あとは本人が当日やりきるだけです。
万が一の場合、浪人しますか。』と言われました。
私立も受け、後期には公立大学を受ける予定だったので、
長男には伝えてはいませんでしたが、
万が一の場合は本人が望むのであれば
京都大学への浪人も考えていました。
【奇跡の1.5点】英語の単語1つで運命が分かれた。得点開示を見て絶句した理由
長男が得点開示のハガキを見て
絶句しながら、英語で単語1個間違ってたら、あかんかったんや。と
一言だけ口にしました。
その中にはきっと、高校時代に同じ場所で頑張ってきた友達が
現時点でもう1年頑張っていることへの思いや、
あの時の問題1つで、今の自分がいない可能性もあったことへの
恐怖心もあったと後で話してくれました。

親ができること:
初めての子供とゆうこともあり、
受験は不安ばかりが募りました。
一番、頑張っているのは、本人。
何をしようとも、応援しかすることができず、
色々悩んだあげく、一番大切にしないといけないのは
子供への信頼だと思いました。
「1点」に泣く子と笑う子の境界線
文理学科の仲間たちの中にも、数点差で届かなかった子たちがいた現実があります。
受験は本当に過酷です。
長男も塾に報告した際には、○○は無理かと思っていたと
先生に言われたそうです。
大丈夫だと言われていたお友達が残念だったり、
本当に判定どうりではない結果をたくさん耳にしました。
だからこそ、日々の1点、日々の努力で何かが変わるかもしれません。
わが家も2年後には次男が受験生です。
また長男とは違ったタイプですが、子供の気持ちを一番に考えて
信じてあげたいと思います。
まとめ:最後まで「1点を削り出す」姿勢
偏差値や判定が全てではありません。
点数が伸び悩み、苦しんだり、
自分の思いが伝わらなかったり、苦しいことがたくさんあります。
「自分ならできる」と信じ抜く力が。
最後に1.5点を引き寄せました。
同じように苦しい気持ちの時は
わが家のような、場合もあることを思い出して
少しでも、何かのパワーに変えてもらえると幸いです。
このわずか1.5点の差がなければ、あの通学限界宣言も
今の下宿生活もありませんでした。
人生を分けた1.5点の先に待っていた、
バタバタの下宿のお話はこちら☆